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般若心経の空とはなにか

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(43)唯識、唯識仏教とは、その⑤、心の構造、表層の心

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(43)唯識、唯識仏教とは、その⑤、心の構造、表層の心

前述「唯識入門、多川俊映著、春秋社」より、唯識の心の体系を紹介します。



 この様に唯識の最大の特徴は心を表層の心と深層の心に分けた事で、特に深層の心の概念を究明したのに特徴があります。

 表層の心は部派仏教の時代に確立された「十二処十八界」の論理にある心のはたらき六識に相当します。しかしそのはたらきはより明確に「意識と五つの感覚」に区分されます。六番目の意識である第六識が、私たちが常識的に考える、知覚・感情・思考・意志などの心、心のはたらきです。それ以外の五つの識は、五つを対象つまり境(色、声、香、味、触)とする肉体が持つ感覚器官です。

 五つの感覚は「意識の前にあるもの」という意味で「前五識」といわれます。
前五識は感覚器官を通して、その場かぎりで直感的にはたらいて情報を獲得します。さらに前五識は必ず第六識(以下意識)とともに起こり、決して単独ではたらく事がありません。また、前五識は感覚だから、善悪の区別がないはずですが、意識と同時にはたらくため、その時々の意識の性質によって、善になり、悪になり、又は無記(善でも悪でもない性質)になったりする。意識は前述の通り私たちが常識的に考える心のことで、前五識が単に感覚的情報を獲得するだけなのに対して、前五識が獲得した情報を、如何に処理するかというはたらきをする。意識はまたその場限りの前五識と異なり、心のはたらきを継続できる。過去を回想し、未来を予想したり、さまざまな推測や比較により損得を考えて計画や企画をうちたてたり、未知のさまざまの分野の新しい原理や真理の発見のためにはたらきます。

 前五識と意識とでは以上のように認識作用の範囲や対象を知り分けるはたらきに種々の相違があります。しかし、いずれも対象の内容を「了知・分別」つまり知り分けようとする心識であるので、前五識と意識を一つにまとめて「了別境識」とも呼びます。

 しかしこの意識的あるいは自覚的に日常生活を司る「了別境識」だけでは心の構造を理解できません。了別境識という表層の心は毎日欠かせない「睡眠」あるいは心理的ないし肉体的な衝撃による「気絶」により途切れます。この途切れを唯識では間断(けんだん)といいます。
 私たちはこの間断する心をつなぎ統一した個体として生きていく仕組みがなければ生存できません。

 そこで、唯識はこの、表層の自覚的・意識的な心の底には、それを根底から支えたえず大きな影響を与え続ける「深層の心」があると究明して、その潜在する心の領域「深層の心」として阿頼那識と未那識という二つの心識を想定したのです。

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