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般若心経の空とはなにか

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飯塚俊男監督の感想

 私は平成5年の春、記録映像の監督として活躍していた飯塚俊男さんとの出会いがあった。知り合いの(株)電通のディレクターから紹介された。
 飯塚さんが私が主催する「縄文の会」の例会に初めて参加した時、縄文映画製作を提案した。紆余曲折あり、地元銀行と行政の援助により「縄文映画製作委員会」が平成6年3月結成された。青森市を文化的、経済的に少しでも活性化したいとの思いから立ち上げたものでした。 そして4月から当時発掘中の三内丸山遺跡を撮影している最中に六本の巨木が発見され、それを朝日新聞(青森支局長は縄文の会の会員でした)が全国版に大きく報道した事がきっかけとなり、大騒ぎになった。
 その後、4年間で総額約120,000千円の寄付金で3本の記録映画を完成した。
 そうしたお付合いのある監督のコメントである。
 「般若心経の空の意味が少し分かった気がする。般若心経成立の歴史的経緯、文章としての意味、宗教的意義も、なる程ね!! という気持ちです。しかし武田さん! それで貴方は何を得たのですか? 仕事とか日常生活の中で何か変わったというものがありますか?」
 まことに遠慮がない率直な感想です。さすが記録映像の世界で名をなすだけの人だと思いました。
 質問は私がこの冊子に盛り込む事を省略している部分です。それは雑談で相手次第で言葉で云うのは可能だが、万人に文章をもって説明するのは、かなり難しいというか疲れる話です。
 ダイエットや頭髪の育毛のように、その前後の写真で比較して人に説明出来るような事でないのです。
 そもそも一人の人間の中には常にさまざまの欲求や衝動(因)が潜在しており、それはなんらかの条件(縁)により現実化する可能性を常に秘めている。仕事の成功や失敗、犯罪に走ったりあるいは犯罪の被害者になる、事故や病気により生死の境に立つなど、さまざまの可能性です。
 例えば肺ガンになる因を持つ人はその衝動により、タバコを吸うという環境に誘導されて愛煙家になり(縁)、結果として(果)肺ガンを患い死に至る(報)。このような人間の根源的な因縁果報を般若心経を理解したとか信じたと云うだけで免れるなどという事は到底出来るものでないでしょう。
 しかし、です。しかしそれでも、なおかつそんな奇跡を信じて生きるのも生き方ではないでしょうか? 般若心経の著者でよく般若心経の真髄は「素直な心」「広い心」「大きな心」「こだわらない心」等々にあると説く人がおります。私は今になればその意味が良く分かります。このような著者は私のように文章としての理解を云わないが、般若心経の本質を説かれている。
 そこで、ここで同じような意味での理解の仕方、般若心経の趣旨を日常生活に生かした私の考え方をここで紹介します。それは何事があっても「人を恨まない」「人に恨まれない」生き方ということです。どうも「恨み」というのは人間の感情の中で最も深いもののように思います。私は人との関係で、そのような感情を持たない、持たれないような生き方を何時も心がけております。
 しかし、私に限らず立場上(管理者、経営者、政治家等々)、人の恨みを受けざるを得ない事があります。そんな時は腹を決めて、堂々と受けて立つという気概が必要です。覚悟が必要です。
 そのような心掛けを私は般若心経から学び得られたと思う。そんな私が他人から見てどのように変わったか自分では知る事が出来ません。
 ダイエットの前と後の写真を比較して見るように知る事が出来れば厳しい飯塚監督に見せられるのにと思う。ただし、全然変わっていなかったかもしれないけどね・・・・。

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