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般若心経の空とはなにか

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(60)般若心経誕生の秘密

作年の4月は始めて以来、一時中断もありましたが、1年半経過してしまい
ました。

 ここでやっと私が考えていた結論をまとめられることになりました。
私は神秘的修行者がお釈迦さまが入滅されて700年も経過してから、お釈迦
さまの悟りの真髄「空」を簡潔にまとめた般若心経を書き残す動機をもったの
は、実在説に傾く唯識説の誕生とその興隆にあったと考えるのです。

 第一に五姓各別説の無姓有情の一つ「無姓」は未来永劫、決して「心のやす
らぎ」を得られることはないとの教義により、唯識仏教は「実在説」を採る宗
派となった、と私は考えます。

 第二に六種五十一の心の作用を主張することです。この教義は、お釈迦さま
が入滅されてから400年後に興隆を極めた説一切有部の実在する「五位七十五
法」を彷彿させます。

 説一切有部の主要教義の一つである「五位七十五法」((19)回から(21)回
参照)は実在の全てを五つの領域、つまり「物質」、「心」、「心の作用」、「心と
結びつかない他の四つのもの」(以上有為法)、因果律の制約を受けないもの(無
為法といい、涅槃、菩薩等)に分類して、その中身を構成する七十五に区分し
た説です。

 説一切有部は実在する七十五種の要素は森羅万象を構成する要素にすぎず、
存在そのものでないから、そのことと無我説は矛盾しないと強調した。

 そしてこの精密な論理が、当時の仏教集団の主流となった時、空を説いて対
決する修行者が出てきて、さらに龍樹の出現により五位七十五法は完全否定さ
れた。

 私は般若心経を書き残した神秘修行者は、興隆しつつある唯識説に、その300
年前にあった説一切有部の教説に同じ傾向を感じ取ったと思うのです。そこで
五姓各別説、心の六種五十一説を否定してお釈迦さまの空への回帰、確認のた
め般若心経を完成したと考えるわけです。

 般若心経で唯識説に全くふれないのは、輪廻する魂(我)の正体を明瞭に解
明した唯識説に敬意を表しつつ、実在説の傾向をもつ五姓各別説と六種五十一
説を同じ実在説の説一切有部を徹底否定する型で否定して般若心経を完成した
のではないかと私は考えるのです。

 私の般若心経解釈の特徴は全体を「起承転結」に分解したことです。そして
「起」に続く承転結を一節と二節に分けて、二節は一節を別の表現で強調して
いるものとして解釈しております。

 今日でも仏教修行者が般若心経の内容で重視する視点は二つの立場があるよ
うです。

 一つは「起」を重視する立場です。仏伝文学によればお釈迦さまは前生にお
いて修行者として仏陀になる前の段階「菩薩」になられていた。このことから
般若心経の作者は、仏陀になられる直前のお釈迦さまの修行の姿を
「観自在菩薩」と表現した。こうした経緯もあり大乗仏教ではお釈迦さまを神格化す
るあまり、「歴史的存在観」が薄れているきらいがありました。そこで「起」を
重視する立場では、お釈迦の前世における修業中のお姿をあらわす観自在菩薩が「行、深、般若
波羅密多時」、つまり「智慧を完成する瞑想を深く行じていた時」、「照見、五薀、
皆空」つまり「一切現象はすべて空であるさまをありありと見て」、「度、一切
苦厄」つまり「一切の苦しみと災いから解放された」として、歴史的事実、歴
史的現実を重視したのです。

 最近の中山伸弥教授のヒトiPSのように偉大な発明発見には必ず偉大な先駆
者がおります。誰れかが発見した、発明したという前例があると、その前例に
より次に続く研究者が続々と出現します。

 「起」も同じで、悟りを得た先駆者を強調して、それに続く修行者にトーチ
をかざす役割を期待するのです。

 もう一つは最後の「結」の「二節」にある「呪」を重視する立場です。この
立場は密教で特に重視されているようです。
 この呪は「結」の「一節」にあるように最強の呪で、一切衆生のさまざまの形での救済に
役割があるとされます。

 般若心経では最後の呪が大乗仏教における衆生済度の役割において特別に重
要な役割があるとされるので、このブログはあと2回程に渡って呪について少
し詳しく述べて終わりにします。

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