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般若心経の空とはなにか

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(53)唯識、唯識仏教の限界 その①

我が国において普及している仏教は大乗仏教系の宗派で主な宗派は浄土宗、
浄土真宗、法華宗、禅宗と密教系の各宗派で、この各派に共通する根本的教理
は「空」ですが、この空の理法を確立した龍樹の論理について考えてみます。
龍樹は最初の著書「中論」で実体(実在)を次のように明確に定義しました。

①実体は他に依存することは有り得ず、他に依存して生じたり滅したりしないから
「自立的」です。

②実体は変化することなく永続する。永続すると同時に絶対に変化することがないから
「恒常不変」です。

③一つのものに本質が二つあることがない。本質が複合体だということは有り得ないから
「単一」です。

  しかし事実の世界に存在するものは、自立的でなく縁起したもの(相互依存
関係で生起滅失する)であり、恒常不変でなく変化するものであり、単一でな
く複合的です。だから事実の世界では実体あるものは一切存在しない。もしあ
るとすれば、それは言葉の世界だと、龍樹は説いたのです。

 こうしたこの世の唯一にして絶対的な存在の理法「空」について次のように
説いています。

 『滅びもせず、生じもせず、断絶もせず、恒常でもなく、単一でもなく、複
数でもなく、来りもせず、去りもしない依存性(縁起)は、言葉の虚構を超越
し至福なものであると仏陀は説いた。その説法者の中の最上なる人を私は礼拝
する』。この八つの否定は八不、つまり「不生不滅、不常不断、不一不異、不来
不去」といわれるが、般若心経の聖なる作者は最初の「不生不滅」をもって八
不を代表させて他の六不を省略し、かつ「不垢不浄、不増不滅」の四つの否定
を加えて十二不として、龍樹の空の論理をさらに強調しているのです。

 龍樹は「中」の立場から縁起を説き、実在説を空の概念で徹底して否定して
論証したため「空の論理」といわれました。実在説を徹底して否定したため、
実在の反対概念である虚無を主張する虚無論者であると批判されたが、空の論
理は実在(有)と虚無(無)を共に否定するもので、その批判はまったくあた
らない(空の思想、仏教における言葉と沈黙、梶山雄一教授、人文書院)。 
龍樹の空とお釈迦さまの縁起の法は同意義の根本的存在論として語られます。

 これは龍樹が空を論証して、縁起の法の概念に相互性(相互依存関係)の要素
を加味して再構築したものであり、ここに龍樹の偉大な功績があったといわれ
ます(上田義文教授)。勿論、相互性の要素はお釈迦さまが説かれた縁起の法に
当然に内在する概念であったが、龍樹は言葉をもって引き出して、空の論理と
して再定義したと考えるべきでしょう。

  そして空の論理は後に菩薩思想と結合され、衆生救済を重視する大乗仏教の
 誕生へつながっていったため龍樹はすべての大乗仏教宗派から「八宗の祖」と
 して深く尊敬されている。

 それでは大乗仏教の各宗派の教理に空の論理はどのように取り入れられてい
るのでしょうか?。

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