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般若心経の空とはなにか

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(33)空の論理 その① 人とは何か

人はそもそも、さまざまの立場を重複し共用している。夫または妻、子ども
の親、両親の子ども、兄弟または姉妹、友達、学友、職場の同僚か部下または
上司、趣味の会の仲間など、数えあげたら際限なくなります。

  そこで、例えば、妻からみたあなた(夫)は子供からみたあなた(親)と同
じ人間だろうか?。両親からみたあなたは兄弟、姉妹からみたあなたと同じ人
間だろうか?。職場の同僚からみたあなたは部下または上司からみたあなたと
同じ人間だろうか?。同僚Aさんからみたあなたは同僚Bさんからみたあなた
と同じ人間だろうか?。

  妻には厳しいけれど子どもに甘い。両親を大事にするけれど兄弟や姉妹の面
倒をみない。仕事はできるけど部下を育てず上司にへつらう。同僚との付き合
いはいいが酒癖が悪い。人は気配りの仕方や気配りの過不足、言葉づかい、意
見の違いで対立し争う。食事の作法や服装の好みの違いで、品がないとかセン
スが悪いと言って反目することも珍しくない。

  だから同一人物が多くの人から「あの人はいい人だ」「あの人はずるい」「あ
の人はやさしい」「あの人は厳しい」「あの人は薄情だ」「あの人は能力がある」
などなどさまざまの評価を下されることになります。
こうしたさまざまの相手、場面で1人の人に対してもつ多数の人々の印象の
どれが本人の実体、実像なのだろうか?。そのいずれも本人の実体、実像では
ないのです。その評価はその時々に2人の間の相互作用によって生ずる印象に
すぎない。例えばある人の「あの人は人情に厚く信頼できる人だ」という評価
には実体なく、「あの人の厚い人情、信頼感」はそのように評価する人の側の信
念にすぎないのです。

 この世の中に誰からも極悪非道と断定される人間はいるだろうか?。かのヒ
トラー、スターリンでさえ、熱烈な信奉者がいる。この世の中に誰からも敬愛
される人はいるだろうか?。熱心なキリスト教信者からみればお釈迦さまも単
なる偶像崇拝の親玉にされるのです。

 1人の人の人間像は、他の人との相互関係の中で生ずる当該地の人がもつ印象
にすぎない。しかも時と場所とともに変化していく姿です。だから1人の人の
人間像はその人と直接間接にかかわった人の数だけ存在する。極端に言えば、
1人の人の人間像は今地球に生存する人の数、60億だけ存在する。逆に言えば、
1人の人の内面には60億人分の人格が潜んでいる。その人が歴史上、記録に残
された人になると、書籍その他で新たな相互関係が生み出されて、その人間像
は際限なく再生産されていくが実体はないのです。

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