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般若心経の空とはなにか

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(31)龍樹と空の論理 その④、お釈迦さまへの帰敬偈

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(31)龍樹と空の論理 その④、お釈迦さまへの帰敬偈

龍樹の代表作「中論」は、有の立場の実在論、無の立場の虚無論が共に否定
された「中」又は「中道」の立場から、ものの真のあり方を説くものです。従
って、物事の考え方や行動について、両者とか両極の中間としての中を選択す
る、あるいは中庸を取るという意味ではありません。根元的な存在論として、
有でもなく無でもなく、弁証法的に止揚したもう一つの究極的認識論としての
空を説かれたものなのです。

  「中論」はお釈迦さまの悟りである縁起の法を、中の見地から空であると説
 かれたもので、「中論」冒頭の帰敬偈で、オリジナルはお釈迦さまにあることを
 宣明しております。

  『滅びもせず、生じもせず、断絶もせず、恒常でもなく、単一でもなく、複
数でもなく、来りもせず、去りもしない依存性(縁起)は、ことばの虚構を超
越し、至福なるものであるとブッタは説いた。その説法者の中の最上なる人を
私は礼拝する。』

 これは「不生不滅、不常不断、不一不異、不来不去」の八不、8つの否定に
よって限定された依存性はお釈迦さまが説かれたのであり、龍樹はそれを受け
継いだにすぎないと述べておられるのです。

 中論は中の立場から説く縁起の法であり、実在論を空の概念をもって徹底し
て否定して論証したため「空の論理」といわれた。実在を徹底して否定したた
め、実在の反対概念である虚無を主張しているとして虚無論者であるとされた
が、空の論理は有と無(虚無)とも否定するもので、そうした批判は全く当て
はまらないものでした。

 このように空と縁起の法が同意義の存在論として語られるが、龍樹の偉大な
功績は、空を論証して縁起の法の概念に相依性(相互依存関係)という要素を
加味して再構築した所にあるといわれます。龍樹が「相依」という概念を初め
て用いたとして詳述したのは上田義文著「大乗仏教思想の根本構造」でした。

 勿論「相互」という概念は縁起の法に当然に内在する要素で、言葉で表現す
るため顕在したものであり、お釈迦さまの教えの価値をいささかも減ずるもの
ではありません。龍樹が帰敬偈で強調したかったのはそのことであったのでは
ないでしょうか。

 所で、ついでなので一言、付け加えたいことがあります。前述の「八不」で
す。

 般若心経の前半に「~不生不滅、不垢不浄、不増不減」とあります。私は般
若心経を完成した神秘的修行者の意図は「不生不滅」をもって龍樹の「八不」
を代表させて残りの「六不」を省略し、龍樹以後の大乗仏教運動の推移から「不
垢不浄、不増不減」の「4不」を追加したものと考えてます。ですのでここの
解釈は龍樹の「八不」と神秘的修行者の「4不」と合わせて「十二不」が般若
心経に込められていると解釈すべきだと思います。

 さて、こうして龍樹は般若経の空を言葉によって論証して実在論に傾いてい
た仏教を、お釈迦さまの縁起の法に基づく本来の姿へ引き戻したのです。しか
も縁起の法に本来的に内在する相依性という要素を引き出して「空」の理法を
確立した。

 空の理法に(14)回で述べた菩薩思想を取り込み、一人の修行者の救済を目
的とする従前の教えを小さい乗物、劣った教えを意味する「小乗仏教」と批判
し、大きな乗物、優れた教えを意味する「大乗仏教」を名乗った。

 般若経は最初に大乗仏教を名乗った経典ですが、その後次々と大乗を名乗る
経典が書かれ、やがて仏教は大乗仏教が主流となり今日に至っているのです。

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