表題の、その3の続きです。
(3)承 二節 是故空中~について
この項で神秘的修行者は説一切有部の実在説の基礎となった部派仏教(小乗仏教)の教理をことごとく否定します。この項では無~無~無と続きますが、これは実在(有)の反対語としての虚無の無を意味するものでありません。空という理法の中では実在の教理は成り立たないと云う否定の用語として使われています。
この項で否定されている部派仏教の教理は次の通りです。
五蘊 色受想行識
六根 眼耳鼻舌身意
六境 色声香味触法
六識 眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識
十二支縁起 無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死
四諦 苦集滅道
六根(六内処)と六境(六外処)をあわせて十二処という。十二処と六識をあわせて十八界という。
六根は肉体が持つ六つの感覚器官で、六境は六つの感覚器官の対象です。六境の中の色とは眼に映る色彩や地形を意味します。又、六境の法とは六根の意によって認識される経験的事物(この世で自分が意識する全ての出来事)です。以上の六根、六境からなる十二処に眼、耳、鼻、舌、身、意の六識、つまり眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識を合わせて十八界と云う。
そこでもう一度整理すると次のようになります。
五蘊 色受想行識
十二処 六根、六境
十八界 六根、六境、六識
この世の物質的、精神的な要素を説明するために五蘊、十二処、十八界と云う領域を作った訳ですが、それは次のような関係にあります。
五蘊の色→六根→六根の対象としての六境
五蘊の受想行識→六境を認識する肉体(色)の感覚器官の働きの結果としての六識
つまり五蘊と云う肉体(色)が持つ六つの感覚器官と感覚器官が持つ働き(受想行識という心)、感覚的、知覚な認識を三つの領域に分類した。そしてさらに六種の要素に分析し、認識は三つの領域とそれぞれ六種の要素によって成り立っているものとしたのです。
このように感覚器官の眼、耳、鼻、舌、身、意を羅列して認識の成り立ちを考察する思考法は、もともと古代からバラモン思想にあった方法だと云われます。部派仏教はそうしたバラモン思想の思考法を取り入れて仏教的に整理して十二処、十八界の教義をうち立てたものだと云われます。
バラモン思想はブラフマン(実在の梵天)、アートマン(実在する我)の考え方から明らかのように実在説の思想です。部派仏教は元々、お釈迦さま直説の縁起の法を根底に持つ教団であり実在説とは相入れないものがあったはずです。しかし時代の流れの中でアビダルマ哲学(仏教哲学)確立するためバラモン思想を取り入れる中で実在の教理に傾いて行ったと考えられます。その結果、紀元前後において部派仏教の最後にして最大の教団であった説一切有部は五蘊、十二処、十八界を実在論の要として教理を完成したのです。
説一切有部は存在の要素をまず有為と無為に分けました。有為とは原因によって作られたもの、制約された存在の事で具体的には五蘊(この場合の「色」の意味は拡大されて、肉体を含む一切の物質的存在)を意味します。無為とは因果を越えた制約されない存在で、具体的には涅槃を意味します。
有為の要素(有為法)では五蘊、十二処、十八界を論理的に4つの領域に分け、これに無為の要素(無為法)を加えて5つの領域としました。
<五位>
・有為法・・・・・色法(物質)、心法(心)、心所法(心の作用)、心不相応法(心と 結びつかないもので、他の4つ以外のもの)
・無為法(作られたものでないもの)
そしてこの五位、つまり五種の存在の要素をさらに究極の存在の構成要素であるとする七十五種に分別した。これを「五位七十五法」と云う。実体は七十五に分けられ、七十五の存在の構成要素はそれぞれ一つの実体と呼ばれた。これらはそれ自身の本質があり、他のものと共通しないそれ自身の固有の特徴と作用をもっているとしたのです。
説一切有部の現実認識の論理はこの五位七十五法で、しかもこの認識を前提に「三世実有・法体恒有」と云う教理を完成した。これは法(存在)の本体(七十五種の要素)は過去、現在、未来の三世にわたって実在すると云う意味です。
これらの法の本体は恒常的な本質(自性)を保ちながら、いまだ生起あるいは作用を終えていない状態が未来、現に生起あるいは作用しつつある状態な現在、生起あるいは作用を終えた状態を過去とし、自己の同一を保ったまま三世に実在するとしました。そして実在するとした七十五種の本体は森羅万象を構成する要素であり、諸法無我の無我説に抵触しないとしたのです。
これが説一切有部の主要な教義となりましたが、それは数百年にわたる部派仏教の帰結でもあったのです。
神秘的修行者は説一切有部の実在説の基になった五蘊、十二処、十八界を無~、無~、無~とする否定を通じて、部派仏教全体を批判し否定しようとしたのだと思うのです。
次回は5月1日の予定ですが、連休に入るのでこの日は休みます。今回の続き、十二支縁起、四諦は5月8日に掲載します。