Ⅰ ブログ原稿について。(1)回~(62)回、全112ページ
ここに綴られた講説は平成27年(2015年)4月から平成28年(2016年)12月25日まで、毎週日曜日、ブログにアップロードしたものです。この動機はNHKテレビテキスト「100分de名著」の内容にあきれて、それを糺すつもりのものでした。それが筆が止まらず私の冊子「般若心経の空とはなにか」と重複しつつ、その内容を補完するものになりました。(1)回~(37)回、P1~P62がそれです。
しかし筆はなお収まらず、年来の課題であった「唯識仏教」に挑戦した。何故なら、私は断片的な知識で唯識仏教の興隆にこそ、般若心経を誕生させた往事の神秘的修行者の動機があったと考えていたからです。この事は私の冊子「般若心経の空とはなにか」の冒頭に綴り込んだ一覧表「般若心経誕生までの仏教史の流れ」を見れば一目瞭然です。この一覧表は冊子の内容を表にしたものですが、作って一覧して我ながらびっくりしました。
お釈迦さまが入滅されて700年後、唯識仏教が興隆した同時期に般若心経が誕生しているのです。そして一覧表最下段の論点「実在の否定→実在の肯定」を繰り返した700年に渡る仏教史の変遷は、如実に般若心経誕生の真実を示しております。何故、仏教者、仏教学者がこうした仏教史に注目しないのか不思議でなりません。
こうした事実を踏まえて、ブログでは(38)回~(52)回(P63~P90)で唯識仏教について私の知る所を述べ、(53)回~(60)回(P91~P110)で唯識仏教の大乗仏教としての限界となる2つの論拠を明示したものです。そして最後の(61)回と(62)回では、般若心経が魂を救済する神秘的力を具現する呪、つまり真言について冊子より少し詳しく解説しました。
又、(51回)では冊子「般若心経の空とはなにか」の冒頭に「お釈迦さま(ゴータマ・ブッタ、釈尊)がさとりを得て仏陀になられた、修行者としての最後の瞑想」の偈を綴り込んでいます。この偈の前半は「さとりを得て仏陀になられた事」を語り、後半は「仏陀として最初の智恵、四諦の法門を語る」ものです。この仏教史上、最も基本的で重大な意義をもつ偈について語った仏教者は、私が知る限りでは玉城康四郎氏の他は中村元先生、阿含宗開祖桐山靖雄師だけです。この偈について語らずして仏教者、仏教学者と云えるでしょうか!
Ⅱ 私が般若心経についてやりとげた事
次の2つです。
(1) 般若心経を文章として(英訳可能の)解説した。「般若心経の空とはなにか」の冊子において般若心経を「起承転結」に分解して文章として解説した。歴史的に実在するお釈迦さまの存在、その修行(空の瞑想)、空の真理とその歴史的変遷、そして真言の力について述べた。
(2) お釈迦が入滅されて700年後に般若心経が誕生した原因は唯識仏教の興隆にあるのを明らかにした。
唯識仏教は他の大乗仏教宗派から「権大乗(劣った大乗)」と評価された理由をブログ(53)回から(60)回(P91~P110)で明示したが、この事こそお釈迦さまの悟りの真理を、自らの深い瞑想の中で体験する神秘的修行者を、般若心経誕生へつき動かしたのだと、私は確信しているのです。
平成30年(2018年)1月10日
武田紀久雄
http://takihisae.syogyoumujou.com/
(なお、般若心経武田紀久雄でもアクセス出来ます)